日体大陸上部パワハラ問題、過去にも

 日本体育大学の陸上部で、駅伝の監督が部員に対して暴力や暴言を繰り返していたと、写真週刊誌が報じて問題になっています。

 故障した選手に対して「障害者」と罵声を浴びせたり、練習から脱落しそうな選手に伴走車から「ひき殺すぞ」と恫喝されるなどパワハラで、部員が退部した疑いがあると言う事です。

 日本体育大学は、過去にパワハラの報告を受けたことはあるかとの問いに、ないと答えていました。しかし、学生への聞き取り調査の過程で、前学長の在任中学長宛にパワハラを訴える手紙が届いた事が判明したそうです。

 普通に考えてパワハラはあったのでしょう。何しろ駅伝に限らず日本のスポーツ界、長年暴力・暴言は当たり前の風潮がありました。それが最近問題視されるようになって、レスリングやアメリカンフットボール、体操と次々世間を騒がせています。

 恐らく告発された側は、当たり前のことをやっているだけなのに何故こんな事になったのか、戸惑っているでしょう。昔からずっとこうだったし、自分もそうやって強くなった、と。時代が変わる、と言うのはこう言う事なのでしょう。

日本相撲協会、式守伊之助からの辞職届を受理

 昨年12月、若手行司に対するセクハラ行為が発覚した立行司の式守伊之助(40代目)に、日本相撲協会は初場所から夏場所までの、合計3場所への出場を停止する懲戒処分を下しました。

 冬巡業中に、泥酔状態の式守伊之助が10代の若手行司にキスをしたり胸を触るなどのセクハラ行為をした件です。伊之助は普段から酒癖の悪さが知られており、伊之助自身もセクハラ行為についていは「酔っていて覚えていない」と語っています。

 立行司と言うのは、行司の最高位で2名のみと決まっています。その1人である木村庄之助が2015年に引退して以降、立行司は式守伊之助だけとなっていました。その、只1人の行司最高位が泥酔していたとは言え、事もあろうに若手行司へのセクハラ。前代未聞の不祥事です。発覚以降伊之助は謹慎し、9日に明治神宮で行われた奉納土俵入りも欠席しています。

 伊之助は12日に辞職願いを提出、13日に開かれた臨時理事会では懲戒処分を決定した上で辞職届を受理することを決めたと言う事です。

 これで、立行司が1人もいなくなってしまったわけですが、三役格から誰かかが昇格、41代式守伊之助を襲名するのでしょう。

野球殿堂顕彰者5人を発表

 野球殿堂博物館は18日、今年の野球殿堂顕彰者5人を発表しました。競技者表彰の「プレーヤー部門」は現巨人2軍監督の斎藤雅樹氏(50)と、現福岡ソフトバンクホークス監督の工藤公康氏(52)が選出されています。同じく「エキスパート部門」は故・榎本喜八氏が選ばれました。

 斎藤雅樹氏は1982年にドラフト1位で巨人へ入団。右のサイドスローから繰り出す速球を武器に、2年連続20勝や11連続完投勝利の記録を残し、沢村賞にも3回輝きました。

 工藤公康氏は1981年にドラフト6位で西武ライオンズに入団。左のエースとして西武の黄金時代を支え、その後ダイエー(現ソフトバンク)ホークス、巨人と渡り歩いて224勝を挙げ、優勝請負人と呼ばれました。工藤氏は資格取得1年目のでの選出で、これは1960年のビクトル・スタルヒン、1994年の王貞治、2014年の野茂英雄の各氏に続き、史上4人目です。

 榎本喜八氏は1955年に毎日オリオンズ(現千葉ロッテ・マリーンズ)にテスト入団。安打製造器の異名を取った最初の選手として知られ、1000本安打と2000本安打の最年少記録をはじめ、数々の高卒新人記録を保持しています。

 また、アマチュア野球関係者などが対象の特別表彰は、元衆院議員で太平洋戦争後の野球復興などに尽力した故・松本滝蔵氏と、法政大学で投手として東京六大学野球リーグ歴代最多の通算48勝を挙げ、1992年バルセロナオリンピック日本代表監督も務めた山中正竹氏(68)が選出されています。

 これで殿堂入りは競技者表彰89人、特別表彰103人の合計192人となりました。